「スカイダイビングとバンジージャンプ、どっちの方が怖いと思う?」
飲み会で誰かがボソッと呟いた一言。
そんなたわいも無い一言が全ての始まりでした。
「絶対にバンジー」
「いやいやスカイダイビングだろ!!」
その一言を発した誰かは、その一言が戦争の引き金になるとは少しも想定していなかったことでしょう。
バンジーの方が怖い派は言いました。
「地面が見える方が、落ちている感が怖い」
「自分で飛び降りなきゃいけないのが怖い」
一方でスカイダイビングの方が怖い派も負けてはいません。
「単純に高さを比較して、圧倒的にスカイダイビングの方が怖い」
「3000mと100m。どっちの方が怖いか議論するまでもある?」
私は「バンジージャンプの方が怖い派」として、戦いました。
私は何も感覚的に「バンジージャンプの方が怖い」と言っているわけでは御座いません。
論理的に、物理的に、数学的に考えて、どう考えてもバンジージャンプの方が怖いのです。
しかしその果てなき不毛な言い争いは、戦争に参加した人間を空に羽ばたかせるまで終わることは御座いませんでした。
注意
この時点で、飲み会に参加していた4人の男は全員バンジーもスカイダイビングも未経験です。
補足
今回使用する各種数字はスカイダイビングは高度3800メートルから1300mまでのフリーフォール。バンジージャンプは100mからのジャンプとして計算しています。また重力加速度は原則として9.80665m/sを使用しますが、簡易的な計算の際には10m/sで計算します。
人間は加速度が怖い
「ジェットコースターが怖い」と仰る方はたくさんいらっしゃいますが「新幹線が怖い」と仰る方は見たことが御座いません。
しかしこの2つのスピードを比較すると、少々不思議なことに気がつくことでしょう。
日本最速のジェットコースターは富士急ハイランドにあるドドンパで時速は180km。
2位はナガシマスパーランドのスティールドラゴンの時速153kmで御座います。
一方の新幹線は東北新幹線が時速320km。
東海道新幹線も時速285kmというハイスピードで東京新大阪間を走り抜けています。
単純にスピードだけを比較すれば、新幹線の方が圧倒的に速いことがご理解頂けることでしょう。
しかし先ほども申し上げた通り、私は「新幹線が怖い」と仰っている方を見たことが御座いません。
それどころか時速300kmの車内で愉快に駅弁を食べるほど、新幹線は怖くないのです。
これは人間の三半規管に原因が御座います。
人間は三半規管で動きを感知しているのですが、実は三半規管は「スピード」を感知することができません。
非常に揺れが少ない新幹線だと、動いているか止まっているか分からなくなることが御座いますが、それはこれが原因で御座います。
人間の感覚器官は「今、どれくらいのスピードで動いているか」ということが理解できないのです。
それでは人間は一体何を感知しているのでしょうか?
正解は「加速度」
分かりやすくいえば「加速した」「減速した」「曲がった」の3つしか人間は感知することが出来ないのです。
新幹線の例が分かりにくいのであれば、地球規模で考えてみると良いでしょう。
地球の円周は約4万km、そして地球は1日に1周回っているので時速に換算すると約1600kmで回っているのです。
しかし、地球が回っているということを私たちが認識することは御座いません。なぜならば地球は加速も減速も方向転換もしていないからで御座います。
つまり我々は「速いから怖い」のではなく「加速度が凄いから怖い」のです。
スカイツリーとエベレストのどっちから落ちてもほぼ同じ
地球上で物体が落下すると、その物体は加速をしながら落下を続けます。
名探偵コナンの映画「天国へのカウントダウン」で灰原哀が「T=ルートG分の2S」と言ったシーンを記憶している方もいらっしゃるかも知れませんが、あのセリフはこのことを示したもので御座います。
さて、灰原哀さんも仰っておりましたが、地球上の重力は9.80665m/s。
簡単に言うと、1秒ごとに時速約36km(≒9.80665m/s)ずつ速くなっていくということで御座います。
つまり物体の落下スピードは1秒後に時速36km、2秒後に時速72km、3秒後に時速108kmと加速をしていくのです。
しかし、短い落下距離であればこの計算式で概ね問題ないのですが、ある程度以上の高さになると「空気抵抗」を考えなくてはなりません。
物理のテストではほぼ間違いなく「※ただし空気抵抗は考慮しない」となっておりますが、現実には空気抵抗を考慮しなくてはいけないのです。
それでは空気抵抗を踏まえ、人間が高いところから落ちた時のスピードを計算してみましょう。
この計算は少々複雑なので、結果だけまとめさせて頂きました。
時間(秒) | スピード(秒速) |
1 | 9.68m |
2 | 18.65m |
3 | 26.39m |
4 | 32.66m |
5 | 37.51m |
6 | 41.10m |
7 | 43.69m |
8 | 45.52m |
9 | 46.79m |
10 | 47.66m |
11 | 48.26n |
12 | 48.68n |
13 | 48.94m |
14 | 49.13m |
15 | 49.25m |
16 | 49.34m |
17 | 49.40m |
18 | 49.44m |
19 | 49.46m |
20 | 49.48m |
※体重60kg、空気抵抗0.24kg/mで計算 空気抵抗有する自由落下参考
最初のうちに一気に加速して約10秒でほぼ最高速度まで到達ことが読み取れることでしょう。
このように空気抵抗を踏まえて計算をすると、スカイダイビングが意外と速くないことが分かります。
最高速度はせいぜい時速180kmほどで、ドドンパのスピードとほとんど変わりません。
つまりある程度以上の高さになれば、何メートルから飛び降りようとも落下スピードは同じなのです。
例えばスカイツリー(634m)から地上までジャンプをした場合、地上に到達する際のスピードは時速177.69kmで御座いますが、スカイツリーより10倍以上高いエベレスト(8848m)から地上までジャンプした場合のスピードは時速178.25km。
つまりエベレストから飛び降りようが、スカイツリーから飛び降りようが、落下するスピードはほとんど変わりません。
スピードが同じということは、ぶつかった時の衝撃も同じ。
ですのでスカイツリーからジャンプして生還できる人間は、エベレストからジャンプしてもやはり生還することができるのです。
次に加速度のグラフをご覧くださいませ。
ご覧頂いた通り、落下中の加速度は5秒で約半分。15秒でほぼ0まで下がります。
先ほど申し上げた通り、人間はスピードではなく加速度を感知しているので、加速度が0になれば人間はその動きを感知することが出来ません。
つまりこの加速度のグラフこそが、人間が感知できる「怖さ」のグラフなのです。
とは言え、このグラフだけでは実際にどれくらい怖いのか分かりにくいので、先ほどのグラフに1つ目安をくわえさせて頂きましょう。
図の赤線は東京スカイツリーのエレベーターの加速度で御座います。
グラフをご覧頂いた通り、落下して10秒ほど経つと、落下の恐怖はエレベーターの恐怖と同じ程度になってしまうのです。
流石にスカイツリーのエレベーターで恐怖を感じる方はいらっしゃらないことと思いますので、これがどれほど怖くないかということはご理解頂けることでしょう。
つまり人間は自由落下をしたとしても、10秒ほどでエレベーター程度の恐怖しか感じることが出来ません。
さらに現実的な話をすれば、加速度が半分以下になる開始4、5秒でほとんど恐怖を感じなくなると言えるでしょう。