ラブホの上野さん全9巻好評発売中

「本当に好きなら〇〇するはずだ」という脅迫

「本当に好きなら、どんなに忙しくても返信をするはずだ」

「本当に好きなら、どんなに忙しくても会う時間を作るはずだ」

「本当に好きなら、どれだけ人から反対されても挑戦するはずだ」

最近ツイッターでこのような発言をお見かけしたのですが、こういった「本当に好きなら〇〇するはずだ」系の言葉は脅迫であると私は思います。

確かにこういった言葉がシンプルで分かりやすいのは間違いありません。

例えば「本当に好きなら、どんなに忙しくても返信をするはずだ」という言葉が正しいとするならば、連絡をしてこない恋人は「自分のことを本当に好きなわけではない」ということになるでしょう。

本当に好き

or

本当に好きなわけではない

の二元論。

誰にでも理解が出来る簡単かつ明快な表現でしょう。

しかし、世の中のことのほとんどは0か100の2つで割り切れる話では御座いません。

好感度だけで物事は決まらない

「本当に好きなら〇〇するはずだ」論者の問題点はいくつも御座いますが、その中の1つに「好感度」以外の軸を考慮していないという点があるでしょう。

例えば「本当に好きなら、どんなに忙しくても返信をするはずだ」という言葉を例にとって話をさせて頂きます。

人間が連絡を返すかどうかというのは様々な事情が絡み合うでしょう。

まずは相手への好感度。

好きな相手への連絡は返しやすくなりますし、逆に嫌いな相手への連絡は返しにくくなることでしょう。

また生活の忙しさも重要な指標になります。

暇で暇で死にそうな人は「夫が残した遺産の一部をあなたにお渡ししたい」なんていう完全なる迷惑メールであっても暇つぶしに返信したりすることもあるでしょう。逆に忙しい方はそれなりに重要な案件でなければ返信をしない可能性が上がります。

他にもメールの内容も重要です。

「飲み会の出席確認です。出席か欠席か教えてください」という内容であれば、死ぬほど嫌いな相手からの連絡でも返信することでしょう。

一方で「おは」みたいな大して重要ではない内容であったら、30年来の親友から来ても無視する可能性が激増します。

そして忘れてはいけないのが、相手の精神状態。

精神的に健康で人との関係に前向きな状態であれば比較的返信率は高くなりますが、精神的に落ち込んでいて人と関わりたくないような精神状態であれば誰だって返信が億劫になるものです。

ここで紹介した指標以外にも「送ってきた時間」とか「他の人との連絡状況」などなど、返信をするかしないかには様々な事情が大きく関係してくることでしょう。

それなのに「好感度」というたった1つの指標だけで判断しようとすることは雑すぎると言わざるを得ません。

人間の感情には波がある

この時点ですでに「本当に好きなら〇〇するはずだ」論に問題があるのは間違いありませんが、仮に好感度だけで返信するかどうかが決まるとしましょう。

それでは好感度が80あれば必ず返信をすると仮定します。

その場合、相手から返信がなければ好感度が80以下であるということになるのですが、それは果たして「彼が自分のことを愛していない」ということになるのでしょうか?

人間の好感度は日々上下をしております。

喧嘩をすれば好感度は下がるでしょうし、デートをすれば好感度は上がるでしょう。

そしてそういった明確な理由がなくても、人間の好感度は日々上下をしているのです。

普段の好感度が100の彼氏も、たまたま気分が悪くて彼女への好感度が一時的に70に下がることもあるでしょう。

これは別に珍しいことでは御座いません。人間の感情は日々上下しているのです。

これをバイオリズムと呼ぶか、波と呼ぶかは分かりませんが、どれだけ好きな相手であっても一時的に会いたくなくなるようなことは珍しいことではありません。

特定の瞬間だけを見れば、たとえ長年愛し合った夫婦であっても相手のことを嫌いになっていることはあるのです。

重要なのは瞬間ではなく平均。

例えば北海道と沖縄のどっちが暑いかと言えば、みなさま沖縄の方が暑いと仰ることでしょう。

確かに札幌の年間平均気温は8.9度であるのに対して那覇の年間平均気温は23.1度ですので、誰がどう見ても沖縄の方が暑いのは間違いありません。

しかし、特定の1日だけを見れば札幌の方が暑いことは往往にして御座います。

例えば2018年7月31日の札幌の気温は33.9度。

一方で同日の那覇の気温は32.3度。

この日に限って言えば札幌の方が暑いのです。しかしだからと言って「札幌は那覇より暑い」とならないのは平均に大きな差があるからでしょう。

「本当に好きなら〇〇するはずだ」論にもこれと同じ問題が御座います。

たまたま1日好感度が下がっていたとしても、それは「好き」という気持ちを否定するものでは御座いません。

そもそも「本当に好き」ってなに?

「本当に好きなら〇〇するはずだ」論の問題点はまだまだ御座います。

そもそも「本当に好き」とは一体何なのでしょうか?

少なくとも私は「本当に好き」を定義することは出来ません。

「命を賭すほど好きである」ということが「本当に好き」な方もいるでしょうし、人間嫌いな方であれば「他の人とは会いたくもないのに、あの人は一緒にご飯に行きたいと思う」ということが「本当に好き」かもしれません。

個々人によって「本当に好き」の価値観はバラバラなのです。

ですので私は「本当に好き」を定義することなど出来ませんし、「〇〇をしなければ本当に好きではない」と言うことも出来ません。

3 Comments

うに

世の中、白か黒か、0点か100点かの極論でしか考えない人が多いんですよね。
そういう考え方は視野を狭め、結局自分も周りの人も生きづらくしてしまうのでよろしくないと思います。
グレーや、60点70点くらいの存在を忘れているというか。何事もグラデーションですし、波もありますよね。

返信する
ふぐ

「少し否定されただけでめちゃくちゃ動揺して全然好きじゃないふりをしてしまうくらい、めちゃくちゃ好き」
っていうのあると思います。

返信する

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

CAPTCHA


This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.