【お悩み相談第6回】正論戦争

三面方位と黄金の橋

ところで先ほどお伝えした窮寇勿迫という戦術で御座いますが、これは派生すると三面包囲という作戦に発展致します。

三面包囲とはその名の通り「敵の三方を包囲する」ということ。三方を包囲するということは、逆に言えば一方残っています。

当然敵はそこから逃げることが出来るのですが、この作戦の目的は何でしょうか。

この作戦が極めて成功した例として「モヒの戦い」という戦いが挙げられます。

モヒの戦いとは植民地支配を抜けば世界最大の領土を誇ったモンゴル帝国とハンガリーの戦いであり、モンゴル軍が使用した黄金の橋とも呼ばれる戦略でハンガリー軍を全滅させました。

簡単に言うと、モンゴル軍はハンガリー軍を包囲した後、一箇所だけ包囲を解いたのです。すると言うまでもなくハンガリー軍はその部分から全力で逃げ出そうとします。

そこにモンゴル帝国は追撃をかけました。「包囲をとく」という逃げ道を与えて上げることで、ハンガリー軍は死に物狂いで「逃げた」のです。

つまり戦いを放棄したということ。そんな敵を全滅させることは難しくありません。

つまり、私が言いたいのは「万が一、やむにやまれず敵を叩き潰さなくてはいけなくなったとしても、それでもなお、追い詰めるな」ということ。

敵を、決して、死に物狂いでこちらと敵対する状況に追い込んではいけない。

死に物狂いの相手と戦うことは、お互いの壊滅しか終着点が存在しない。

そしてそこまでいってしまったら、敵を一人残らず殺すしかなくなってしまうのです。

相手と戦う時、お互いに死に物狂いになったら、勝つにせよ負けるにせよ、完全なる敵対を避けては通れない。

そしてそうなってしまったら、最後の一人を殺すまで、恐怖で眠れなくなる。

だから最後の一人まで殺してしまう。

なぜなら、一人でも残してしまったら、その一人が死に物狂いで復讐をしてくるから。

私が先ほどヴェルサイユ条約に”もし”ドイツ人は全員死刑、という条文があったらと書かせていただきましたが、これはこのことを意味します。

もし本気で追い詰めるなら、一人たりとも残してはいけないのです。その残った一人は必ず禍根になり、復讐のタネになります。

ですが、復讐も殲滅も、そんなことは誰も望んでいません。だから重ね重ねになりますが、私は「決して人を追い詰めるな」と言っているのです。

絶対に正論で人を追い詰めてはいけない。正論の先に待っているのは、本当に何度目になるかわかりませんが、お互いの壊滅です。誰も得をしない。

いや、嘘ですね。得をする人間はいます。それはそこで戦いが起きることで利する第三者です。

当事者はどちらも得をせず、高みの見物をしている偉そうな武器商人が得をするのです。

そんな自体が望ましいですか?

望ましくないのなら、絶対に相手を追い詰めてはいけません。

他の誰のためでもなく、自分のために、正論を振りかざすな、人を追い詰めるな、敵であっても逃げ道を用意しろ、と。

もちろん私だって正論を言いたくなるかたの気持ちがわからないわけではないのです。

この世には、どう考えても正論ではない悪がはびこっているのも間違いありません。

正しいのに、なぜ許されないのか、という気持ちもわかります。

ですが、それは他でもない貴方様自身を苦しめることになります。

だから、どうかやめてください。正論は誰も救わない、味方も敵も自分自身も救わない。

その悪を是正するにしても、その悪を見逃して生きていくにしても、それでも正論を使ってはいけない。

正論を使っていいのは”こちらも多大なるダメージを受けることを理解して、全面戦争になることも覚悟して、それでもなお相手を一人残さず叩き潰さなくてはならない”というときだけで御座います。

例えば”法律”は正論でしょう。

「法律で決まっているから」なんていう正論はこの世に溢れかえっております。

ですが、法律を突き詰めると「死に物狂いの人間」には何の役にも立たないことが判るでしょう。法律は死に物狂いで貴方を殺した人間を裁くことは出来ますが、死んだ貴方様を生き返らせることは出来ません。

私は法律は無意味だ、とか、法律を破れ、と言っているのではありません。法律という正論を盾に人を追い詰めるな、と言いたいのです。紙切れ1枚ではカッターすら防げません。

冗談のようで冗談ではなく、六法全書で死に物狂いの人間と戦うとしたら、中の条文ではなく、厚さ15cm、6000ページを超える六法全書そのものを腹に仕込んでナイフの刃を止めるしかないのです。

ちなみに法律の中にも「黄金の橋」があることをご存知でしょうか?

日本の法律である刑法第169条は中止犯。

つまり、犯罪をしようと思ったものの、途中でやめたら刑を軽くするという法律。

もし、この法律がなければ途中で犯罪を思い留まろうと思っても「どうせ罪が同じならやっちまおう!」となってしまうのですが、この法律があると「ここで止めれば刑が軽くなる」と思い踏みとどまるかもしれない。犯罪者であっても、出来る限り追い詰めてはいけないのです。

これを法律用語で「黄金の橋」と言います。これは先ほどの「モヒの戦い」と同じ理由でつけられた言葉です。

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12 件のコメント

  • 途中まで感心して読んでいましたがブラック企業を非難するのは悪手だと正論をかざした所で読むのを止めました

  • ためになりました
    ネットだと匿名で正論を振りかざせますもんね…
    相手がどう受け取るかお構いなしに

  • 相手が退職直前にも関わらず真っ当な引継ぎをしない社員だったり、職務を何の相談もなく投げ出すような社員だったりした場合、逃げられる前に正論で徹底的に追い詰めなければならないと思いますが、いかがでしょうか。

  • 非常に興味深く読ませていただきました。わたしも以前、何故正論はダメなのだろうかと考えたことがあります。
    私なりの結論は、正論は平等。友人に対しても、友人の敵に対しても。友人関係においては友人の肩を持つべきなので、正論は適切でない。でした。
    あと、正義論とかの宿命なのですが、現状への批判ないし批判を基礎とした論になりがちだということも疎まれる原因だとも思いました。
    でも、なるほど、相手を追い詰めるとろくなことはないというのも、ほんとうにそうですね。人は図星をつかれると怒りますから。

  • ハーグ陸戦協定の基本的な考え方ですね。
    相手を追い詰めすぎるな。追い詰めると、逆に、統治者が個人的な地位を守るために和平が遅れてしまうので、ほどほどにしておけと言われてます。残念なことに、今では、見向きもされてませんが。

    個人的には正論と言っても、論理的に正しいだけで、裏には何らかの感情が隠れていると思います。ブラック企業については、おっしゃられているようなことがあるのでしょう。私だけかも知れませんが、一面だけを指す正論に別の正論を合わせるようにしてます。
    ブラック企業を言うならブラック社員だっていますよ。ろくに働かないで給料だけとっていく連中のことです。こういう奴らがいるから仕事が進まない(残業代目当てにしている連中を含む)。それを合わせると、意外と、感情的には落ち着くことが多いです。

  • > 途中まで感心して読んでいましたがブラック企業を非難するのは悪手だと正論をかざした所で読むのを止めました

    分かる。それ言い出したら結局無法地帯を許す事になるし、現に死人が出てるのを看過する事になる。
    殲滅するしかない。

  • 正論を言うなっていう正論を振りかざしてませんか?
    もうすでにコメントの中であなたを敵視している方もいますよ?
    「こういう正論記事を書くとこうなる、反面教師にしよう」という話でしょうか

  • とても為になったです。
    もう少し読もうとリンクみてみたら。
    偽証罪に飛んだみたいです。
    中止犯の話は(刑法43条但書)
    ってなってるみたいです。

  • 正論を武器にするやつは正しくない、ってやつですね。
    物事には多面性がありますしね。
    まともに引き継ぎしない、とか投げ出すよな社員って
    正論叩きつけても通じないこと多いです。
    そういう人にはそういう人なりの「正論」があるので。すごく身勝手な言い分だな と思ったことあります。
    でも相手から見たらこちらがおかしい、ってなってた。

    「簡単にできる人ややれる人がやる、それが正しい。できない僕やりたくない僕がやらされるのはおかしい」になってました。
    大多数の真面目な社員がそれでも「自分の仕事しろ」と責めた結果 ウツ 引きこもりになり
    傷病手当申請、自殺未遂、です。

    働かせたかったら「正論」を武器に選んでも
    通用しない輩は 沢山います。
    物事には多面性があるのでどこからみても
    「絶対正義」となる事って本当に滅多にないと思いました。
    逆に共通の「絶対正義」があれば世界は過激な戦争を
    しなくなるのかもしれないなぁと思いました。

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