きっかけは些細なことだった
ここからは推測になりますが、努力の方向性が分からず途方にくれていた彼が「東海道を覚える」という行動に出たのは「褒められた」というきっかけがあったのではないでしょうか。
恐らく彼はなにかのタイミングで「電車の知識」をみんなに褒めて貰えたのです。
社会の授業かも知れませんし、修学旅行の最中かも知れません。
どのような状況で褒められたのかは分かりませんが、彼が持っていた電車知識で人を喜ばせることが出来たのでしょう。
そしてその中には、彼が告白した彼女も含まれていたことと思います。
努力の方向がわからず悪戦苦闘していた彼にとって、この出来事は天啓だったことでしょう。
電車の知識を覚えれば、彼女を喜ばせることが出来る。
恐らく彼にとっても藁にもすがる思いだったことと思います。
心の何処かで「東海道を覚えても無駄では?」と思いつつも、それ以外の方法が何も思いつかなかったからこそ、彼は東海道を覚えたのでしょう。
何をすれば彼女に喜んでもらえるか分からない彼にとって、電車の知識は「彼女を喜ばせることが出来た」唯一の出来事だったのだと思います。
褒められた側は覚えている
彼にとっては転機であった「電車の知識」で御座いますが、クラスメートや彼女はそのことを出来事をロクに覚えていなかったことでしょう。
褒めたと言っても日常的な一会話でしかなく、そこまで深い意味はなかったことと思います。
しかし、日頃誰からも褒められることのない彼はその褒め言葉を覚えていた。
よく「悪口は言った方は忘れていても、言われた方は覚えている」と言いますが、これと同じことが褒め言葉にも言えることでしょう。
誰かが言った何の思い入れもない一言が、相手にとっては生涯忘れることの出来ない記憶になることもあるのです。
私自身も忘れられない褒め言葉がいくつか御座いますが、おそらくそれを言った側は全く覚えていないことでしょう。
例えば中学時代に友人から言われた「大丈夫?疲れてない?」という一言。
これを褒め言葉と言うかは微妙ですが、当時の私はその一言にものすごく救われたことを今でも覚えています。
「褒めた方は忘れていても、褒められた方は覚えている」
褒めから始まる努力がある
大変失礼ながら、告白のために東海道の駅を覚えようとした彼は当時モテていなかったことと思います。
しかし東京駅から大阪駅まで、東海道線には140もの駅があるのです。
それを覚えるというのは並大抵の努力では御座いません。
それでは彼がなぜそんな努力をすることが出来たのかと言えば、それには2つの理由があるでしょう。
1つ目は欲望。
今回の彼の場合は「女性と付き合いたい」という欲望で御座いましたが、欲望は何でも構いません。
「モテたい」「寝たい」「帰りたい」「5000兆円欲しい」「何もしたくない」
どんな欲望でも構いません。
人間誰しも多かれ少なかれ欲望は持っているもので御座います。
しかし人間は欲望だけでは努力をすることが出来ません。
2つ目は「方向性」
「どの方向に向かえば良いのか」ということを彼は理解していたからこそ努力が出来たのです。
確かに「東海道線」という方向性は間違ってこそいましたが「電車の知識で彼女に褒められたことがある」という経験があったからこそ、彼は努力が出来たのでしょう。
それまでは何をしていいのか分からない状態だった彼が「電車の知識なら喜んでもらえる」という道標を得たのです。
全く道標がない状況で手探りに努力を始められる人はおりません。
「電車で喜んで貰えた」という道標を得たからこそ、彼はその道標に従って努力をすることが出来たのでしょう。
彼は確かに不器用で、中学生の女の子には泥臭い変人に見えたかも知れませんが、間違いなく自分なりのベストを尽くす良い男だったと私は思います。
あのときの彼は不器用で顔が涙グチャグチャで、そして誰よりもカッコよかった。努力をした男だったのです。
努力のきっかけに「褒め言葉」があることは決して少なくありません。
努力をするためには「方向性」が必要になりますが、自分の方向性を明確に持っている人間なんてほとんどいないのです。
何をしていいのか
どの方向に進めばいいのか
どちらに進めば良いのか分からず、結局最初の場所から動けないのが人間で御座います。
そんなとき「あなたはこっちに行けば良いんだよ」と道を指し示してくれるものこそ「褒め言葉」でしょう。
人は「自分には才能があるんだ」と気がつくことでこそ、努力を始めることができるのです。
たしかにまだまだ未熟で自分の進む道すら見えていない人の能力は低く、褒めるに値しないことも多いでしょう。
ですがたとえ能力は低くても「センスが良い」「筋がいい」というような褒め言葉なら問題ありません。
そんな一言で相手の人生が大きく前進するのですから、褒めるというのは本当に安い買い物なのだと思います。