もしも誰かを救うなら【お悩み相談第1回】

【ご質問】

付き合っているときに鬱病になり、一方的に私に別れを告げられました。

たしかにうつ病のときは彼女をはじめ様々な人に迷惑をかけましたが、彼女のことが好きなのでせめて友人くらいの関係にはなりたいです。

ですが、彼女からは物凄く嫌われて、会話もしてもらえません。

回復はしたので、もう迷惑をかけることもないのですがどうしたらいいのでしょうか?

21 件のコメント

  • 上野さんに同意です。歯に衣をつけない言説いいですね。
    人を助けたいなら、人を助ければいい。しかし、それは他の人に押し付けるものでも、期待するものではない。自由意志の問題だ。
    僕はそうおもいます。

  • 双極性障害(躁うつ)の診断が出ている者より。
    専門知識を持った医師が何故存在し、精神科ないし心療内科を標榜し、それで生計を立てられるのかを考えてみて欲しい。
    基本的に精神を病んだ者は、一般人の手に負えないからだ。そのひとは自らの病に対して罪がなく、憐れで、同情され、救われるべき存在かも知れないが、それは例えば伝染病患者も同じこと。気の毒だ、可哀想でとても何とかなるものではないし、すべきではない。振り払うチャンスがあれば是非そうした方がよい。
    治ったと言うが、こと精神の病を病と定義する境界線は端的に言えば“本人がその症状を苦痛に感じるか否か”という、客観視とは無縁のものであり、周囲の人間の苦痛に関しては全く考慮の外である。
    病は治れど、病的な性格がなおることは極めて稀だ。伝染病の例えで言えば、症状は治まったものの今なおキャリアなのである。危ないから無闇に近付いてはならない。いいひとなら交流するのは構わないが、常に壁一枚挟んでいつでも逃げる用意が必要だし、例え壁を何重にしていようと完全に安全ではないことを留意して欲しい。

  • 言いたいことはわかりますが感情的になりすぎです。この質問者の人にこんなにボロクソに言う必要は無いと思います。

    >君は自分が救われる側しかやったことがないから気軽にそんな言葉が吐けるだけに過ぎないのですよ。

    救われる側しかやったことがないなんてなんでわかるんです?

    >しかし、この世界に生きている人間のほとんどは少なくとも、うつ病の人間を支えてあげる、なんていう余裕があるほど楽な生活を送っているわけでは御座いません。

    大げさすぎます。私もうつ病の友人を持ってますが、うつ病の人間を支えるのに大して労力などかかりません。精神疾患の人は現在日本に300万人いますが、その人達の生活はみんな破綻しているのですか? この世界のほとんどの人がうつ病の人間を支えてあげられないとか申し訳ないけど噴飯モノです。

    >きわめて普通の女の子には現実的に無理だったのです。

    普通の女の子にもできます。話を聞いて「ふーん、大変だね」と言っていればいいのです。それだけでうつ病の人は救われます。あとは普段通りの対応でいいのです。「お金がないから貸して」と言われたら「私もお金ないから無理」と言っていればいいのです。無理なことは「無理」と言ってればいいのです。

    この質問者の彼女さんも、そしてあなたもうつ病というものを重く考えすぎです。この回答文自体が、日本の社会の精神疾患への無知・無理解ゆえの悲劇だなあと思いました。

    最後に1点だけ。もし違ったら許してほしいのですが、あなた、自分が一生「助けられる側」には回らないと思ってらっしゃいません? 人生何があるかわかりません。あなたが助けられる側に回ることも十分ありえることですよ。

    こういう極端な考え方する人って、いざ自分が助けられる側に回ったらコロッと掌返すことが多いんでね。

    あなたがそうならないことを祈っております。

  • この記事のせいでとても傷つきました。
    これを見てあなたの意見が正当とされることが非常に気分が悪いです。

  • これに躍起になってそんなことない!!!って言っている人は、自分は助けられる側であるべきって思ってる人なんだな

  • 私も上野さんの意見に納得です。

    「言い過ぎだ」「大げさだ」と思う人もいるのでしょうが、私はそうは思いません。

    中には「うつ病を支えるのはそんなに大変ではない」というような意見もあるようですが、それは鬱のレベルによりますし、支える方と鬱病の方の関係性、そして特に支える方の考え方と状況(余裕)によると思います。

    そもそもうつ病診断は言ってしまえばかなりあやふやなものです。
    血圧を計るときのような一定の数値以上はアウト、などの線引きがないからです。

    中には本当に毎日が辛くて苦しくて、死すら頭をよぎる。そんな苦悩の中、鬱病と戦っている方もいるでしょう。
    一方、鬱病診断はされたがある程度通常通りの生活を送れていて、わざわざ病院に通わなくても日常を過ごしていけているような方が、少なからずこの世にはいるのではないでしょうか。

    たしかに後者の場合は実際のところ、こちらが誠心誠意支えなくても問題がない、簡単だと言えるケースなのかもしれません。はたしてその状態を病気と呼んでいいのか疑惑が浮上しますが、そんな方はたくさんいます。

    今回のご相談者様がどちらなのかはわかりません。
    もしかしたら中間くらいなのかもしれませんね。

    ただ私が思うに、彼女さんにとって相談者さんを実際に支えるにあたっての労力が後者のパターンのように少なかったとしても、彼女さんが思う(感じる)負担の方が上回った。ということではないでしょうか。

    実際、誠心誠意支えなくても話を聞くだけでご相談者様は満足だったのかもしれませんが、彼女さんはそうではなかった。単純な話です。

  • 私も上野さんの意見に納得です。

    「言い過ぎだ」「大げさだ」と思う人もいるのでしょうが、私はそうは思いません。

    中には「うつ病を支えるのはそんなに大変ではない」というような意見もあるようですが、それは鬱のレベルによりますし、支える方と鬱病の方の関係性、そして特に支える方の考え方と状況(余裕)によると思います。

    そもそもうつ病診断は言ってしまえばかなりあやふやなものです。
    血圧を計るときのような一定の数値以上はアウト、などの線引きがないからです。

    中には本当に毎日が辛くて苦しくて、死すら頭をよぎる。そんな苦悩の中、鬱病と戦っている方もいるでしょう。
    一方、鬱病診断はされたがある程度通常通りの生活を送れていて、わざわざ病院に通わなくても日常を過ごしていけているような方が、少なからずこの世にはいるのではないでしょうか。

    たしかに後者の場合は実際のところ、こちらが誠心誠意支えなくてもいい、簡単だと言えるケースなのかもしれません。はたしてその状態を病気と呼んでいいのか疑惑が浮上しますが、そんな方はたくさんいます。

    今回の相談者さんがどちらなのかはわかりません。
    もしかしたら中間くらいなのかもしれませんね。

    ただ私が思うに、彼女さんにとって相談者さんを実際に支えるにあたっての労力が後者のパターンのように少なかったとしても、彼女さんが思う(感じる)負担の方が上回った。ということではないでしょうか。

    実際、誠心誠意支えなくても話を聞くだけでご相談者様は満足だったのかもしれませんが、彼女さんはそうではなかった。単純な話です。

  • 今回の上野さんのブログを見て、迂闊にも号泣してしまいました。ありがとうございます。

    もう5年も前の話になりますが、学生時代、鬱病持ちの男性と友達になり、「彼を友達として支えたい!」と話を聞いていくようになりました。
    そうすると、彼に異性として行為を持たれ、「鬱病の俺を放っておくのか?」「一人にしないで。じゃないと自殺する。」などと言われ夜中2時3時に呼び出されたり、友達と遊んでいるのを中断して彼の元へ行ったりし、最終的に襲われました。
    その時は色々あり彼に新しく恋人ができ私への依存もなくなり、最終的に「友達」でいようと私も決心しました。
    しかし数年後、その恋人と別れると再度彼から「sexさせて欲しい」と連絡があり、もう彼のことを友達と思うのはやめました。
    この彼のことを5年間の間ずっと忘れることができず、今でも彼に似た男性を見ると手の震えが止まりません。
    それは、怖い思いをしたからというのもありますが、たぶん、彼を友達として支えられなかった自分自身を責めていたのだと思います。でももうやめます。この記事を見てそう思いました。ありがとうございます。

    また、「鬱病の方を支えるのは簡単」とコメントしていらっしゃる方がいますが、その方は恐らく「鬱病の方が支えてもらおうと前向きになっている」か「鬱病の方が頼るのをセーブしている」のだと感じました。今回の相談者様や私の知り合いのように「病気を盾に自分の傍にいることを強要する」病人に出会っても同じことをコメントできれば、私はこの方を聖人として敬います。

  • 上野さんの母上がおっしゃった言葉とまったく同じことを、私も母に言われました。母も認知症になった祖母の世話で、いっそ死んでほしいと思うほどつらい思いをしたからでした。
    心の病気を患っている人を助けるのって身内でも辛いことだと思います。どんなにつらくても「人」を憎まず「罪(病気)」を憎まなければならないからです。(なにか憎むとすればの話ですが)
    また、相手はいつでも精神的にデリケートなのでこちらは常に気を使わねばなりません。相手をどんなに憎たらしく思ってもそれを感じさせず、相手のうんざりするような愚痴、弱音を聞き、励まし…これを長く続けるのは相当の覚悟と気力がいるでしょう。
    身内でもなく、結婚しているわけでもない”たかが”彼女さんにそれを期待する、あまつさえ悪人呼ばわりするのはちょっと…。「やってくれたら超ラッキー、信じられないくらいいい娘」という話であって、できるのが普通、当たり前ではないと思います。上野さんの言う通り、他人を気遣い、優しく接しつづける経済的、時間的、精神的余裕(ゆとり?)がある人がそんなゴロゴロいるとは思えません。若ければ猶更、自分のことしか見えないと思います。
    匿名さんは普通でもできる!とおっしゃってますが、匿名さんのゆとりは誰にでも備わっているものではないでしょう。助けられる側の病気の程度にもよりますしね。
    どうか質問者さんが彼女にかかわらず、新しい人生を歩めますように!

  • 質問者さんと元彼女さんと、どちらともと同じような経験をしました。その上で、上野さんと同じようにこの質問文には少し怖さを感じました。まるで大海原に落とした物を本気で捜索に出る人のように見えます。悔やみ惜しむまではまだわかるのですが…。

    上野さんのお母様が仰った事、私も言われた事があります。個人的には「愛や恩」があるからこそ、出来れば施設に入って貰った方がいいと思います。本職でもない人間がボロボロになりながら介護をして、親が安息でいられるとは思えないです。
    精神病の人を助けられるのも病院だけと考えています。家族でさえ見守る事しか出来ません。

    しかし質問文が原文ママだとしたら、「不幸な人間は助けなきゃいけない」というニュアンスはどこにも感じられません。内容には同意しましたが、回答と呼ぶには疑問符が浮かびます。

  • 確かに上野さんの言い方は酷いとかキツイとか思われるかもしれない、が。間違った事は言っていないと思います。
    うつ病と診断されてる者から言わせて下さい。
    包丁振り回したり いきなり泣き叫んだり 1日中布団から出れなかったり などの行動をする人間を支えようと思う人は少ないです。
    私は 両親には見捨てられています。ですが、私は両親に酷いとは思いません。逃げて正解です 命がけで支えるなんて馬鹿げてます。共倒れになったりしたらどうするんですか。

    その前に逃げた元彼女さんは正しいと思います。
    それを責めるのはまた違うとも思います。ので、私はうつ病患者ですが 質問者さんを怖いと思いましたし、上野さんの言うことは至極真っ当だと思いました。

    長文失礼しました。

  • 私は親からの教育で、徹底して自己犠牲をし、相手に尽くすような人間になりました。

    親はもちろん、恋人、友だち、色々なひとに尽くし与え、自分を押し殺して相手を優位に立たせてきました。
    結果、自分が鬱病や他精神疾患にかかりました。
    簡単に言うと、日常生活ができないただの肉塊になり、壊れました。

    …今では、自分の中のすべての因果関係を理解し、整理し、生きることへの対処ができるようになりました。

    その体験や、人間学、心理学を読み聞きかじりして導いた結論があります。

    「世話をされる事が当たり前という価値観の人間に関わってはいけない。即、逃げるべし」
    という事です。

    世話をされる事がデフォルト設定されている人間は、世話をされている自覚がありません。
    誰かが世話をしてくれる事が息をする事と同じナチュラルな状態。
    なので「世話をされない事」が異常事態だと認識するのです。

    それが常識だと思い込んでいるので、何を言っても無駄です。改心など絶対にしません。
    世界の中心は自分で、自分が絶対的に正しいという心地よい価値観を手放したくないから。他者の価値観なぞ邪魔なだけなのです。
    そういう生き様なのです、そういう人間は。

    人間は「快」さえあればOKな生き物です。
    一度手にした「快」は手放そうとしません。
    それが人間です。所詮ただの動物です。

    なので、さっさと縁を切る事が最高に最善の対処法です。

    「持ちつ持たれつ」「できる範囲の相互の助け合い」ができる人たちと、「気分が良い程度でほどほどに」助け合えればいいのです。

    人間の寿命80〜100年ほどの期間です。
    自己犠牲し他者に搾取され苦悩するか、ほどほどの快を大切にしていくか、どつやって過ごすのか選ぶのは自分自身。
    もし搾取される側の人がいたら、「自分も快を求めて当たり前なんだよ」と伝えたいです。
    長文、失礼しました。

  • 文面から察するに、質問者は、パーソナリティ障害をベースにしたうつ病の可能性が高いです。
    従って、上野さんの指摘は正しいと思いますが、それはあくまで、元彼女とその現彼氏へのメッセージです。
    相談を依頼したのは質問者であって、この相談を取り上げた以上、質問者へのアドバイスをしなければなりません。
    つまり、例えば、元彼女への思いをいかに断ち切るかといった返答をすべきです。
    それが出来ないのなら、そもそもこの質問が不快ならば、記事として取り上げないという手もあったはずですし、
    元彼女へのメッセージがどうしても必要と考えるのなら、元彼女視点の質問に改変して記事にすることも不可能ではないと思います。
    質問者の性格を踏まえると、今回の返答では、質問者の気を逆立ててしまい、余計に状況を悪化させてしまう危険があるように思います。
    相談の回答は質問者へのアドバイスということをどうか忘れないでください。

  • いまさらの投稿で恐縮です。
    基本的に賛成です。
    コメントの中に簡単に支えられる、ふーんそうなんだと話を聞いてあげればいい、というコメントありましたが、その感覚で接している相手の方が非常にかわいそうにかんじます。
    それでなんとかなるなら鬱病、なくなると思いませんか?

  • ご質問者様はパーソナリティ障害をベースにしたうつ病という感想に同意。
    人格障害の人は見捨てられ不安が強過ぎて、依存できる対象に、もう才能なんじゃないかと思えるほどの基地外じみたエネルギーを費やす。防衛機制でいうところの投影性同一視。他者との関係でしか、自分を感じられないから。ストーカーやクレーマーは人格障害が多い。
    人格障害とは「悩む代わりに繰り返し不適応な行動で解決しようとし、自分か社会を悩ませている」状態のこと。
    原因の多くは1〜2歳頃に母親もしくは大人に絶対的依存ができなかったから。基本的信頼感がないまま大人になっているのね。
    で、パーソナリティ障害への正しい対処は一般人は深く関わらないこと。共依存は絶対禁忌。否定もダメ。肯定も依存されるからダメ。関わらなくてはいけないなら、冷静さを忘れずここまではよくてここからはダメ、と線引きを必ず相手に伝えること。高度だしリスク大き過ぎて(ストーカーになった場合最悪殺されるから)専門家にしか扱えません。専門的治療は精神分析が心理療法のなかで一番効果的。高いけどね。
    うつ病はうつ病メインではなく他の精神疾患の附属で発症しているケースも多い。なかなか医者はそこをきちんと診断できなかったりするけど。
    だからご質問者様に対する回答としては「一回精神分析的心理療法を受けてみては?」というのが一読者からの意見。

  • 友達にもうつ病の子がいます。学生の頃は話をただ聞いてお喋りするだけでよかったのに、それを今はもうできません。私が、彼女の話を聞くことができなくなってしまったから、やっぱりネガティブな言葉ばかりが会話の大半を占めますから、聞いてる私もそういう感情に引き込まれてしまうんです。だから、うつ病は今や特別な病気では無いですが、少なくとも相対する人間の心はその人としっかり別個の個人として話ができるか、自分が強い人でないとしんどいのかなと思います。

  • 鬱病の主人がいます。
    上野さんの意見救われました。
    そうです、ちょっとの短い文面に「怖さ」がある…私も読んで感じました。

    コメントに鬱病の方の相手なんて楽、と書かれている方がおり驚きでした。
    友人、というとどのくらいの距離感でのお付き合いされてるか分かりませんが、
    身内として同居する苦労は耐え難いものがあります。
    私は鬱病を知って結婚をしました。苦労は覚悟の上でしたが相当しんどいです。深夜急に出かけたがるのを必ず同伴したり、こちらが多忙で高熱を出していても「寝すぎてしんどい、死にたい」と隣で弱音を漏らしています。
    自分しか見えていない、というのは日常茶飯事です。

    鬱病の人を支えてあげること、覚悟があっても辛いです。
    大好きだった人を大嫌いになる、それは相手の病気うんぬんではなく、恋愛において誰にでも辛い経験です。よっぽど二人の間に何かあったんだと思います。
    どうかご質問者さまも、別れてしまった彼女さんも前向きな未来が訪れますように。

  • コメント失礼します。
    私も現在、恋人が重度のうつ病で、共に戦っています。付き合ってもう直ぐ一年になります。
    私と恋人は遠距離恋愛の為、また相手が女性に対しての極度の恐怖観念を持っていて女性に会うだけでパニックを起こしてしまう為、会う事も出来ません。それでも、恋人としてお互いに共にあります。少しずつですが、写真を見る事は問題ない程に回復はしてきています。また、電話は問題なく出来ているので、寂しい時や1人が不安な時は何時でも構わないから電話をして欲しい事を伝えています。
    人を支える、それは言葉にすればとても綺麗で素晴らしいと感じますが、実際その立場に立てばそれがどれだけ綺麗事かが分かります。支えるとは、命を預かる事だと私は思っているからです。私の一言で、おそらく恋人は簡単に死を選ぶでしょう。その重さを、分かっていない方が多いと思ってしまいます。
    また、恋愛に関しては依存症を引き起こす事も稀ではありません。その人がいなければ生きていけない、そう考えるようになったら危険です。うつ病の方は併発しやすいですが、支える側も同じくなり易いものです。相手を支えつつ、自分を保つことの難しさはなってみて初めてわかるものです。私もなりかけた事があります。今でも、時々考えてしまう事がありますが、自分の時間を持って1人でも生きていける事を自分自身に実感させています。
    私は、恋人に自分の時間、人生すべてを捧げる覚悟で今共にいます。たとえこの先傷つく事があっても、別れることになっても、側にいる覚悟でいます。それは、恋人と共に話し合って決めたことでした。
    うつ病を発症した場合、その時に発せられた言葉は本心ではない事、別れる、さよならと告げても本心では離れたくない別れたくないと思っているから、止めて欲しい。死にたいと言ったら、1人にしないで語りかけて欲しい。側にいる事を伝え続けて欲しい。そういう話をして来ました。何度かやはり恋人がうつ病を発症した時、その言葉があったからこそ対処も対応も分かり助かりました。そう言った話し合いが出来るかどうか、それが一番大切なのではと私は思っています。
    うつ病は、理解する事も大切ですが一人一人対処も違うものです。人それぞれ、考えも違うように。うつ病だからこうする、こうしたほうがいい、は、極論になる事もあるという事を、どうか知って欲しいです。
    質問者様の言いたい事も、私は分かります。ただ、やはり治ったというのは違うのかなと感じました。性格の問題もあるのかも知れませんが、やはりうつ病の完治にまでは至っていないのかなと。
    そして、別れを告げた方の事も悪い事とは思いません。私自身、この覚悟を持つまでに色々な葛藤がありました。やはり、自分の人生ですから。彼女もきっと、色々と葛藤があったのだと思います。その中で行き着いた結論が、別れだったのではないかなと。おそらく、それがごく一般的であって、当然の選択だと思います。
    今はとても辛い事と思いますが、その彼女の選択を少しでも理解し尊重して、質問者様が前に進める事を心より願っております。
    ただ、質問者様はとても頑張って来た方なんだと思います。頑張って頑張って頑張って、体が悲鳴を上げた結果にうつ病になったのだと。なので、どうかこれからは頑張り過ぎずにゆっくりと。そう願うばかりです。

  • 三橋廉佳さんへ
    私もほぼ同じ経験しました。
    余程の専門知識があるか、どんな関係であれずっとそばにいるという覚悟がない限り、中途半端に助ける事はかえって相手を不幸にしてしまうんだと後から思いました。自分自身も疲弊し、傷付きます。
    同じ経験をしている方のコメントを見て、変な言い方ですが、ちょっと気持ちが楽になりました。

  • 私は、 性犯罪と恋人からのDVでパニック障害になり、それを理解してくれた家族と親友に救われました。そして、重度の発達障害を持つ恋人を支える側にもなった人間です。

    どちらの立場も死にたくなるほど辛かった。どうか、少数の精神疾患の人を切り捨てないであげて。

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