もしも誰かを救うなら

【ご質問】

付き合っているときに鬱病になり、一方的に私に別れを告げられました。

たしかにうつ病のときは彼女をはじめ様々な人に迷惑をかけましたが、彼女のことが好きなのでせめて友人くらいの関係にはなりたいです。

ですが、彼女からは物凄く嫌われて、会話もしてもらえません。

回復はしたので、もう迷惑をかけることもないのですがどうしたらいいのでしょうか?

 

ご質問誠に有難う御座います。

お悩み相談というものは本来、ご質問者様に向けて書かれるべきものでしょう。

しかし、今回の回答を誰に読んで頂きたいかと考えると、誰よりも元彼女様、そしてその現在の彼氏様にどうにかしてお読み頂けないものかと思わずにはいられません。

元彼女様。貴方様の行動は間違っておりません。

今の彼氏様。どうか彼女様を守ってあげて下さいませ。

そして。

ご質問者様。

どうか少しだけ冷静になって頂けませんか。

少なくともこのご質問文を読んでいると、私は非常に怖いと感じます。怖いと感じる原因はいくつかあるのですが、その中でも「罪悪感の欠如」と「人の気持ちへの配慮の無さ」が特に目に付きます。

自分のことを少しも疑わずに「被害者」だと思っている。そんな罪悪感の欠如を強く強く感じます。確かにうつ病は病気ですので、その病気になること自体を責めるつもりは御座いません。しかし、その病気によって少なからず元彼女様に迷惑をかけているのにも関わらず「あいつは病気に理解のない嫌な人間だ」というような論調になっていることが、非常に怖いのです。

「一方的に別れを告げ」という言葉からも、元彼女様を非常に「悪人」のように思っていることが感じられます。

少しも罪悪感が存在しない。

「病気とは言え、彼女に迷惑をかけてしまって申し訳ない」というような気持ちが文書から一切感じられないのです。それどころか「病気になったくらいで見捨てた彼女が許せない」というような感情すら抱いているのではないでしょうか?

ちなみに失礼を承知でお伝えしますが、私もご質問者様のことを”関わったら不幸になる人間”だと感じております。うつ病については関係ありません。自分の行いに対して一切反省をしない人間、他者を一切顧みない人間だと感じているから”関わったら不幸になる”と感じております。

冷静に考えてみましょう。

「たかだか」付き合っている程度の相手が病気になったとき、確かに「支えてあげる」という選択肢は正しいですし美しいでしょう。

しかし、それは今の私たちがその状況にないから言えるに過ぎないのです。

「たかだか」付き合っている程度の相手が、自分の一生を棒に振るかもしれない難病になったとき、それでもその人を一生かけて支えてあげると自信を持って言える人間がいますでしょうか?

法的には赤の他人である、そもそも何の気なしに付き合っただけの相手のために、自分の一生を捧げるかもしれない決断が下せますか?

気軽に「当然だ」などと言わない方がいいですよ。
覚悟をもって「当然だ」と仰るのであれば、私は何の文句も御座いませんが、少なくともその覚悟は「気軽に」言えるようなものでは御座いません。

部外者は好き勝手なことを言うでしょう。

非情だとか、冷たいとかそんなことを騒ぎ立てます。

しかし、いざ自分がその立場になったときに本当にその選択が出来ますでしょうか?

先日、私は母親からこのようなことを伝えられました。

「私がもしボケたら、躊躇いなく施設にいれてほしい。ボケた私は「息子が介護するのが当然だ!」と騒ぎ立てると思うけど、それを無視して施設に入れてほしい」と。

私の母親は、私の祖父母の介護をしているときに、このことを決意したそうです。

人を介護するというのは並大抵のことじゃない。老化だろうが病気だろうが、それは同じです。

気軽に「愛や恩があるなら、介護をすべきだ」なんていうことを言ってはいけない。

たとえ実の両親であっても「愛や恩」で介護をするのは難しいのです。もちろん出来るものなら私だって介護をしたいと思っていますが、生半可な気持ちで出来るものではありません。自分の人生をすべて捧げるくらいの覚悟なしに介護は出来ないのです。

だから「冷酷な人間だ」などと騒ぎ立てることが出来るのは、いつだって部外者と助けられる側でしかありません。

さて……

いいですか?

君はうつ病で辛かったのかもしれません。

しかし、この世界に生きている人間のほとんどは少なくとも、うつ病の人間を支えてあげる、なんていう余裕があるほど楽な生活を送っているわけではないんだ。

人一人救うっていうのは楽ではないのです。君は自分が救われる側しかやったことがないから気軽にそんな言葉が吐けるだけに過ぎないのですよ。

確かに、元彼女様はある意味で「貴方を見捨てた」といっても差支えないでしょう。

しかし、私はそのことを批判しようとは全く思いません。もし「貴方を見捨てずに支える」という選択を取ったのならば、彼女様にかかる負担は綺麗な言葉で見過ごせるようなものではないと思っているから。

2 件のコメント

  • 上野さんに同意です。歯に衣をつけない言説いいですね。
    人を助けたいなら、人を助ければいい。しかし、それは他の人に押し付けるものでも、期待するものではない。自由意志の問題だ。
    僕はそうおもいます。

  • 双極性障害(躁うつ)の診断が出ている者より。
    専門知識を持った医師が何故存在し、精神科ないし心療内科を標榜し、それで生計を立てられるのかを考えてみて欲しい。
    基本的に精神を病んだ者は、一般人の手に負えないからだ。そのひとは自らの病に対して罪がなく、憐れで、同情され、救われるべき存在かも知れないが、それは例えば伝染病患者も同じこと。気の毒だ、可哀想でとても何とかなるものではないし、すべきではない。振り払うチャンスがあれば是非そうした方がよい。
    治ったと言うが、こと精神の病を病と定義する境界線は端的に言えば“本人がその症状を苦痛に感じるか否か”という、客観視とは無縁のものであり、周囲の人間の苦痛に関しては全く考慮の外である。
    病は治れど、病的な性格がなおることは極めて稀だ。伝染病の例えで言えば、症状は治まったものの今なおキャリアなのである。危ないから無闇に近付いてはならない。いいひとなら交流するのは構わないが、常に壁一枚挟んでいつでも逃げる用意が必要だし、例え壁を何重にしていようと完全に安全ではないことを留意して欲しい。

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