正論戦争

初めまして。

会社に入ってから「そんな正論じゃ通用しないよ」と言われることが非常に多いです。

「正しいことだけじゃ通用しない」という理屈は分からなくもないですが、どうして正論はダメなのでしょうか? 

 

【回答】

ご質問誠に有難うございます。

今回はご質問者様に「正論」とは何か、ということをお伝えさせて頂ければと思います。

さて「第二次世界大戦」について少しお話をさせて頂きましょう。

第二次世界大戦の原因

皆様は第二次世界大戦の原因が何かご存知でしょうか。

もちろん「ヒトラー」がナチスを結成し、ポーランドに侵攻したというのは事実で御座います。これに対してイギリス・フランスがナチスに宣戦布告したというのが第二次世界大戦の開戦の流れであることは間違い無いのですが、それではそもそも一体なぜ「ドイツがポーランドに侵攻したのか」ということを考えると、その原因はヴェルサイユ条約に行き着くことでしょう。

 

ヴェルサイユ条約とは第一次世界大戦を終結させた条約で「ドイツを死んでも許さない条約」と言えば条約の内容の9割の説明がつきます。ちなみに残りの1割は「世界から戦争をなくす条約」なのですが、その後の歴史を見れば、ほとんど役にも立たなかったことは明らかでしょう。

 

さて、そんな「ドイツを死んでも許さない条約」ことヴェルサイユ条約でございますが、具体的にどのくらい絶対に許さない内容だったかということが如実にわかる事実を一つお伝えさせて頂きます。

 

1919年に調印されたヴェルサイユ条約で、ドイツには多額の賠償金を”外貨”で支払うことになったが、2017年現在でも厳密にはまだ終わっていない(ただし請求されていないので、2010年以降支払っていない)。

 

端的に言ってやりすぎました。あれから98年経っているのに、まだ支払いが終わっていないのです。この条約の結果、ドイツは経済が壊滅。

ドイツ国民は明日のパンのために死に物狂いになりナチスドイツを生むことになりました。

  

歴史に「もし」はありませんが、”もし”ヴェルサイユ条約がもう少し甘い条約であったなら、第二次世界大戦は起きなかったかもしれません。

逆に”もし”ヴェルサイユ条約の条文に「ドイツ人は無条件で全員殺す」という一文があったら、良し悪しはともかくとして、それはそれで第二次世界大戦は起きなかったかもしれません。

 

窮寇勿迫

それでは今回の本題に入りましょう。

今回のテーマは、ズバリ「窮寇勿迫」で御座います。これは「きゅうこうぶつはく」と読み、孫子の兵法に登場する言葉。「追い詰められた敵を攻めるな」という意味で御座います。

 

一見すると「可哀想だから追い詰めるな」という意味にも思えますが、そんな甘い言葉では御座いません。この言葉の意味は「追い詰めすぎると、色々とろくなことがない」という自分のための言葉で御座います。

 

ドイツの例が判りやすいでしょう。ドイツはそもそも第一次世界大戦で敗北し、十分に追い詰められておりました。

 

そこに決定的な追い討ちをかけるヴェルサイユ条約で追い詰めるとどうなるか。そんな約束は完全に反故にされ、再び戦争を仕掛けれるのです。

 

ちなみにこのヴェルサイユ条約で厳しい処分を下すことに反対していたのが、イギリス首相のロイド・ジョージ。

余談ですが私が個人的に一番好きな政治家で御座いますので、もしよければ名前くらい覚えて頂けると大変嬉しく思います。

 

さて、窮鼠猫をも噛む、と言いますが、ネズミにしても人間にしても、追い詰めると相手は死に物狂いで戦いを仕掛けてくるのです。そんな状況になっても誰も得をしないので、決して弱っているものを追い詰めるな、ということ。

 

正論にはこの恐ろしさが御座います。

 

そもそも正論なんて、大人なら誰でも知っているのです。

そうにも関わらず正論がまかり通っていない、ということは、どう考えても”真っ当”ではない事情があるから。

確かに”真っ当”ではないとは言え、事情があることは間違い御座いません。

その事情を鑑みない恐ろしさが正論には御座います。

11 件のコメント

  • 途中まで感心して読んでいましたがブラック企業を非難するのは悪手だと正論をかざした所で読むのを止めました

  • ためになりました
    ネットだと匿名で正論を振りかざせますもんね…
    相手がどう受け取るかお構いなしに

  • 相手が退職直前にも関わらず真っ当な引継ぎをしない社員だったり、職務を何の相談もなく投げ出すような社員だったりした場合、逃げられる前に正論で徹底的に追い詰めなければならないと思いますが、いかがでしょうか。

  • 非常に興味深く読ませていただきました。わたしも以前、何故正論はダメなのだろうかと考えたことがあります。
    私なりの結論は、正論は平等。友人に対しても、友人の敵に対しても。友人関係においては友人の肩を持つべきなので、正論は適切でない。でした。
    あと、正義論とかの宿命なのですが、現状への批判ないし批判を基礎とした論になりがちだということも疎まれる原因だとも思いました。
    でも、なるほど、相手を追い詰めるとろくなことはないというのも、ほんとうにそうですね。人は図星をつかれると怒りますから。

  • ハーグ陸戦協定の基本的な考え方ですね。
    相手を追い詰めすぎるな。追い詰めると、逆に、統治者が個人的な地位を守るために和平が遅れてしまうので、ほどほどにしておけと言われてます。残念なことに、今では、見向きもされてませんが。

    個人的には正論と言っても、論理的に正しいだけで、裏には何らかの感情が隠れていると思います。ブラック企業については、おっしゃられているようなことがあるのでしょう。私だけかも知れませんが、一面だけを指す正論に別の正論を合わせるようにしてます。
    ブラック企業を言うならブラック社員だっていますよ。ろくに働かないで給料だけとっていく連中のことです。こういう奴らがいるから仕事が進まない(残業代目当てにしている連中を含む)。それを合わせると、意外と、感情的には落ち着くことが多いです。

  • > 途中まで感心して読んでいましたがブラック企業を非難するのは悪手だと正論をかざした所で読むのを止めました

    分かる。それ言い出したら結局無法地帯を許す事になるし、現に死人が出てるのを看過する事になる。
    殲滅するしかない。

  • 正論を言うなっていう正論を振りかざしてませんか?
    もうすでにコメントの中であなたを敵視している方もいますよ?
    「こういう正論記事を書くとこうなる、反面教師にしよう」という話でしょうか

  • とても為になったです。
    もう少し読もうとリンクみてみたら。
    偽証罪に飛んだみたいです。
    中止犯の話は(刑法43条但書)
    ってなってるみたいです。

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