【お悩み相談第7回】母親という気の狂った生き物

母親という気の狂った生き物

「死ぬ気で」という言葉を私は信用しておりません。

特に男が口にする「死ぬ気で」には少しの価値も存在しないとすら思っています。

もちろん極めて稀に、価値のある「死ぬ気で」も御座いますが、ほとんどの場合においては何の信用もしていないというのが適切でしょう。

しかし唯一、母親が自分の子供に対して感じてる「死ぬ気でこの子のことを守る」という感情だけは、少しの疑いも持つことなく私は信用している。

たとえ100年連れ添った男女であっても、どちらかが不貞を働ければ1日で崩れ去ってしまうのが男女の愛情です。

たとえ100年仲良くしていた友人でも、金の貸し借りをすれば1週間で崩れ去ってしまうのが友人の信頼です。

しかし、母親の愛情。

何もお礼もできない私たちに無限にも思える愛情を注いでくれる異常とも思える存在。

最初の5年ほどは、何もできない自分を守ってくれて

次の10年は、何もできない自分を育ててくれて

その次の5年は反抗する自分を叱ってくれて

それでも愛してくれる気が狂った生き物です。

子供が何度裏切り、愛情を無下にし、金を自分の財布から盗み、暴力を振るい、暴言を浴びせ。

期待を裏切り、堕落し、手を抜き、遊び。

それでも期待し、手助けをしてくれ、心配してくれる。

人間は生物ですので、通常は自分の身体の安全と維持を優先するものですが、母親という生き物は、自分の子供のためになると思えば、ためらうことなく自分の命を投げ出す。

この愛情を気狂いと言わずして一体何を気狂いと呼べばいいのでしょうか。

この常軌を逸した愛情と覚悟をどうやって疑えばいいのでしょうか。

そして、その気の狂った愛情の有り難さに子供が気がつくのはいつだって遅すぎる。

この気狂いじみた愛情に、自分が何も報いていないと後悔するのは、いつだって”報いることができなくなってから”なのです。

私がとても好きな言葉を1つご紹介させて頂きます。

ジャネットリー
親にとって、子供はいつまでも子供である。 たとえ、子供が白髪になっても

母親という気の狂った生き物は、こんなにも迷惑をかけまくり、具体的には何のお礼もできない自分の子供のことを、死ぬまで自分の子供として愛してくれるのです。

男と女のどっちが偉いか強いか、なんていう議論は古今東西を問わず行われてきたかもしれませんが、「母親」という気が狂った化け物じみた猛者を擁する女性に男が勝てるわけもありません。

男の方が強かった時代なんて、一度もなかったことでしょう。母親という化け物に、男は決して勝つことが出来ない。

そんな猛者に私が何を言ったって勝てるわけがないのです。

ただ100%善意の愛情で、自分の娘のことを心配して、門限を決めている。

もちろん父親だって、母親ほどではないにしても同じです。

そんな両親に対して、そこらへんにいるただの男である私が何を言ったって、言葉の重みが違いすぎる。

絶対に説得できない自信が私には御座います。

こんなにも人を愛し、自己犠牲の精神で尽くすことができる化け物。

本来「自分勝手な生き物」である人間という生物の常識から完全に外れた気狂い。

子供がどれだけ「恩を仇で返しても」少しも懲りないばかりか、それまでと変わらない愛情を注ぐ気狂い。

こんな異常で、強固で、利己的な生き物であるはずの人間とは思えない関係が母と子の関係以外の一体どこにあると言うのでしょうか?

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7 件のコメント

  • 貞操の心配以外にも「トラブルに巻き込まれるのを防ぐため」という目的もあるのではないでしょうか。

    実際にどうなのかは存じませんが、夜、特に深夜にひったくりや強姦、飲酒者によるトラブルなどが多そうなイメージがあります。昼間でしたら周囲の人に助けを求めることもできるでしょうが、深夜人気のない場所ではそうはいきません。そういった危険性を少しでも下げたいという意図もあるのではないかと思います。
    また、近所の目というものもあるのかもしれません。おそらく多くの方が、いつも深夜や早朝までふらふら遊び歩いている人を良識ある人間だとは思わないでしょう。近所から、遊び歩いてばかりいる娘のいる家と思われないためにも門限を設けている可能性もあります。

    正直なところ、私は、娘の貞操を守るという意図は薄いのではないかと考えています。

    上野さんもおっしゃる通り、”そういうこと”をしようと思えば何も深夜でなくとも行えます。また、初体験の年齢が若年化しているご時世でもあります。ご両親が、そういったことを理解しているのであれば、むしろ門限に込められた意図は
    「年も年だから”そういうこと”をするのはある程度しかたないとして、もしするなら、私達親が娘を預けても安心できるような人になるべく遅くならないうちに送ってもらいなさい」
    ではないでしょうか。

    私の周囲の門限のある女友達では、昔からの男友達など、その娘の親からある程度信用されている人に送ってもらえるのであれば門限以降も外出を許されている人がほとんどです。

    もしどうしても夜に”そういうこと”をしたいのであれば、親の信頼を勝ち取ることのできる彼氏を作り、その方をご両親に紹介したうえで宿泊アリのデートなどされてはいかがでしょう。

    どこの馬の骨とも知れない男というわけではないので、ご両親も比較的寛容になるのではないでしょうか。
    また、これは上野さんのおっしゃる親の保護を断ち切る要素にもなるかと思います。

    もし今後交際される男性と、ある程度真剣にお付き合いされることをお考えでしたら、両親へ紹介し、彼氏とご両親の間で信頼関係を築くというのも使えない方法ではないと思います。

    長文失礼しました。

  • 私も母親に対してあまり優しい方、礼儀正しい方ではありません。仲が悪いわけではないですがたまに「よくこんな娘にここまで尽くそうと思えるわね」と母に言います。母は「子供にはできちゃうんだよね~」と返します。
    私は「自分みたいな子が生まれたら憎たらしくてやってられない。どんな子が生まれるかもわからないのによく生むよなぁ。どんな子が生まれても余生の半分の金と体力と時間を費やさねばならないなんて…しかもリタイヤ不可能なんて”詳しい内容がわからない一生の契約”をするようなものじゃない。それを喜んでやろうと思わせる”本能”って怖い。」なんて考えてしまいます。まぁ残念ながらリタイヤする親もいますけどね…。
    だから「母親という気が狂った生き物」という表現はものすっごくよくわかります。というか私以外にそんなことを考えてる人は初めて見たので「だ、だよね!?」と謎の感動すら湧きあがりました(笑)

  • 母親が気狂ということにとても同意します。
    全員がそうではないにしろ、私の母親はこのお話のように気狂の親でよかったなと思います。
    なんたって死なない限りは尽くしてくれるわけですからこちらもやりたい放題です。
    一生寄生して生きていきたい。
    まあ親の方が先に死ぬでしょうが、それまでは暴利をむさぼり続けたいです。

  • 毒に苦しめられる者には辛いコラムでしたが、最後の一文で救われました。
    狂うほど愛される子どもばかりではないと知っている人がいる、それだけでも救われます。

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